コラム「水準器」


■2/15 昔の冬は寒かった

2月10日午前10時。大阪はすでに14度を超えて4月中旬の気候と、ラジオが伝えている。本来ならこの2週間ぐらいが一年でもっとも寒い時期にあたる。ところが暖かい日が続いている。このポカポカ陽気。暮らすのには快適だが、いろんなところで影響が出ているようだ。スキー場はほぼ全滅で、全国大会も繰り延べが続き、開催そのものが危ぶまれている。札幌の雪祭りもここ一週間の降雪で何とか開催にこぎつけたが、道路に雪がないという珍現象も見られる。東北の農家の人達は冬場の副収入、屋根の雪下ろしの仕事がゼロと嘆いている。反対にこの真冬、豪雪地帯の新潟のゴルフ場ではずっとプレーできるという。冬眠しない熊が民家の軒下で捕まったり、菜の花、桜がすでに咲き誇る地域もある。百貨店では冬物衣料がさっぱり売れずバーゲンも空振りだったが、薄手のスプリングコートは倍増の売れ行きを見せている。もちろん暖房器具もまったく売れていない。おかしい冬が続いている。
 この暖冬。日本だけでなく、ニューヨークでは1月6日に22度を記録し、ハワイと同じ暖かさだったという。アジアでは雨期でもないのに大洪水が起きたり、地球が変だ。地球規模での温暖化は加速していくのかも知れない。
 新聞、テレビでは数十年に一度の暖冬と伝えている。ということは以前にもこんな冬があったんだと逆に驚く。60余年の人生の記憶に、こんな冬はなかったから戦前のことだろう。子供のころ、育った大阪北部の冬は寒かった。住宅事情も栄養状態も悪かったから、寒さは余計骨身にこたえた。手のあかぎれ、ひび割れは当り前で、水洟をたらしている子供がいっぱいいた。登校途中の田んぼには氷が張っていたものだ。教室に暖房なんかなかったから、寒くて勉強どころではなかったと思うが、まったく記憶にない。
 母親が編んでくれたセーターが暖かかった。これは記憶にある。セピア色の写真には、衿回りも袖口もだらんと伸び切った、セーターとは名ばかりの衣服を身につけた僕がいる。モノが溢れかえり、豊かな時代にいるのに豊かさへの感謝の気持もない。母の編んでくれた一枚のセーターに思いを馳せるのは年齢のせいだろうか。 危険度も含めて条例でも作って禁止令を出してほしいと思う。そして女性の歩きタバコ。これもみっともない。マナー後進国の中国や韓国でさえも、この二つは見かけない。日本人は世界の中でも類い稀な正直、清潔、謙虚な民族であったはずだ。何千年もかかって築きあげてきたこの美徳が、たかだか戦後の50〜60年で音をたてて崩れようとしている。根本は社会でも学校でもない。絶対に家庭にあると思う。この子達が親になる時代、日本は本当にどうなっているのか、空恐ろしい気持にかられる。
 手づくりも含めた情操教育。出番がやってきたようだ。熊本のトップワークサンカクヤが提唱し実践している「放課後ニットアウト」が全国に広がるのを切に期待したい。