コラム「水準器」


■10/01 「サービス」に資格は必要ない

 「イラッシャイマセー コンニチハ」。ハンバーガーを一つ頼むのに、全員の連呼に迎えられるのはいつも気恥ずかしい思いがする。チェーン居酒屋における「ヨロコンデー」も、何がそんなに面白いのだと思ってしまう。今、小売業やホテル、旅館、飲食業に至る、接客を必要とするビジネスの最大のテーマは『おもてなしの心』なんだそうである。
 先日、神戸の老舗百貨店で売場の所在を聞こうと、ボーッと辺りを見回していた。そこへ立派な身なりの紳士が笑みを浮かべ、スッと目の前に現れたではないか。「何かお探しでしょうか」。堂々たる立居振舞いに気押されて、思わず「いや別に」と口走ってしまった。じっくり観察してみると、百貨店には多くの何もしない男女がいることに気づいた。百貨店ともなると、聞かれてからでは遅い、困っているのを察知して声をかけよと教育されているらしい。そして専任者までいるのだ。突然の声掛けには戸惑いすら覚える。それこそ小さな親切、大きなお世話だと思ってしまう。
 後日、テレビ番組の中で、お店やホテルで客を案内するスタッフのことを「コンシェルジュ」というのだと、知性に乏しそうなレポーターが得々と語っていた。資格もあるという。あの恰幅のよいオジサンはコンシェルジュなんだと納得した。舌をかみそうな外来語なので、早速電子辞書を繙いた。フランス語で、アパートなどの管理人を指すとある。それが転じてコンシェルジュは何故か、案内する人となった。
 日本人は元来『もてなしの心』を持つ民族で、わざわざ画一的に教育される筋合いのものではない筈だ。暑さの残る夏の夕まぐれ。老夫婦がやっているカウンターだけの小料理屋に立ち寄ったとしよう。サッと冷たいおしぼりが手渡される。キンキンに冷えたビンビールをぐっと開ける。間髪をいれず旬のもののお通しが出る(もちろんお金は取らない)。一息つくと今度は熱々のおしぼりが、これもさっと出てくる。さあ、食べるぞと気合が入る。相手から話しかけてくることはない。目で、体や心の案配を推し量り、ほしいものが適量出される。押しつけがましいところは一切ない。気分爽快で帰途につくことができる。
 余分なものは必要ない、掛け声も作り笑顔もいらない。普通にありがとう、ごちそうさまの言葉が出るのが、最高のもてなしだ。サービスに資格はいらない。ありのままの自分を見せるのが本当の「もてなし」だと思う。