コラム「水準器」


■12/01 騒音大国にっぽん

写真は11月15日、泊まっている上海市のホテルの窓から撮ったスナップである。遠く霞んで見えるのが30〜50階の高層ビル群で、まるで屏風のように視界をさえぎって林立している。これだけでも東京・新宿副都心の比ではない。この光景が、上海の至るところで何キロメートルにもわたって延々と続く。今回で3年連続3回目の上海だ。3年前はこれほど高層ビルは多くなかった。たった1年で都市の表情は見事なまでに変化する。
 そして今回、最も印象に残ったのが、街から騒音が減ったことだ。とくに車のクラクション。ある人がクラクションの騒音の度合いは、その国の文化度のバロメーターだと教えてくれたが、初めての上海はまさにその通りだと実感した。初回の上海は、車対車、車対人、車対自転車・オートバイ、オートバイ対人と、一回信号が変わるたびに、けたたましい音が響き渡る。とりわけ歩行者はあちら側の歩道まで、毎回命がけで横断歩道を渡らねばならなかった。今回、車が突っ込んでくる光景に変わりないが、クラクションはほとんど聞こえなくなった。格段に街が静かになった。オリンピック、万博を間近に控えて、政府が指導に乗り出したということだった。
 翻ってわが日本。一部の繁華街を除いて街は静かだ。ところがテレビをつけると、絶叫、バカ笑いのオンパレードである。発端はサッカーの実況と記憶する。ともかくテレビでの絶叫は、現在とどまるところを知らない。今夏、大阪で行われた「世界陸上」。アナウンサーが叫ぶ、叫ぶ。個人競技で静かに進行する砲丸投げや走り幅跳びまで「やった、やった、○○メートル、○○メートル」と記録を絶叫するのだ。これにゲストの幼稚な芸能人や、競技のことを何も知らない元スポーツ選手が入り混じって、うるさいこと、ここに極まれリといった映像と音声が1日中垂れ流し状態だった。侘び、寂びの心を理解し、静かで落ち着いた民族だった日本人。電車の中の幼児や子供の叫び声も合わせて、騒音に心乱される毎日である。