コラム「水準器」


■05/01   時代とともに変わっていく「言葉」

 大臣や国会議員の不適切な発言が相次いでいる。ついこの間も、山本幸三地方創生大臣が、外国人観光客らへの文化財などに対する説明、案内が不十分として「一番のがんは文化学芸員」などと発言し、問題視されるやいなや「言葉を間違って使った。反省しており、撤回してお詫びしたい」と表明した。大臣という重責にある人が何とも軽率な発言を繰り返す。昨日も今村復興担当大臣が再び失言してしまった。待ってましたと、言葉尻をとらえて追及する民進党の議員。また今週の国会は空転し、重要審議が先送りとなって無為な時間が流れていくのだ。
 山本議員の学芸員に対する暴言は反省すべきだが、一方で『がん』という表現もけしからん、撤回せよと詰め寄るのはどうだろうかと思う。がん患者への配慮だとしているが、それこそ物事を深読みしすぎで、『がん』には、組織全体に障害を及ぼしている事柄(人)という意味もある。この発言は、がんという病気と戦いながら前向きに生きている人達に、逆に失礼だと思う。一概に『がん』を悪者と決め付ける根拠が見つからない。国会議員に限らず、少し気に入らない言葉を口にしたからといって、鬼の首でも取ったかのようにすぐ非難する社会風潮には憤りを覚える。
 言葉でいえば、今、日本はポリティカル・コレクトネス(社会的に政治的に公正・中立、差別偏見がない表現)に狂奔している。一般人も含めて、すぐに言葉尻をとらえて相手をやっつけ、謝らせては溜飲を下げるという風潮が蔓延しているのだ。1980年代以降、アメリカにおいて性別を問わず、偏見のない言葉に変えていこうという動きが広まった。代表例がスチュワーデスからフライトアテンダントという単語への変更である。もともとスチュアードという男性の名詞があって、その女性版がチュワーデスとは何たることだ。女性解放運動家の逆鱗にふれてしまった。ほかにもfireman(消防士)は「fire fighter」へ、policeman(警察官)は「police officer」へ、businessmanは「businessperson」へ変更されるなど、言葉の性差はなくなりつつある。
 アメリカが風邪をひけば肺炎にかかると言われるわが国でも、早速、日本航空がスチュワーデスの呼称を廃止。キャビンアテンダンドに変更したのをきっかけに、保母が「保育士」へ、看護婦が「看護師」へ、助産婦が「助産師」へと続々変更されている。これらの言葉のように変更が効くものはいいが、差別用語と認定されるものは消え去るしかない。比喩や諺もそれにつれて消えてしまう運命にある。和製英語のサラリーマンはサラリーパーソンへ、そしてアンパンマンがアンパンパーソンになるのだろうか。